母の日のカーネーションの由来!?アンナが母に贈ったのが起源!!

毎年、5月の第二日曜日(海外では必ずしも同日ではありませんが)には、多くの方がカーネーションをお母さんに贈られているでしょう。

もうこれはお正月などと同じレベルの年中行事、慣習と言えます。

でも、この慣習は、いったいいつから、なぜ始まったのでしょう?

今や「母の日だからカーネーションを贈る」のは当然かもしれませんが、果たしてどれほど昔からそうだったのかは、ちょっと気になりますよね。

ですので、今回は母の日にカーネーションを送る由来についてご紹介します。

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「母の日」の起源は1907年のアメリカ。

今、私たちが知る「お母さんにカーネーションを贈って感謝を表す日」は、1907年5月12日がその始まりとされます。場所はウエストバージニアの教会。

アンナ・ジャービズさんという女性が、これより2年前の5月9日に亡くなった自身の母親のアン・ジャービズさんの追悼式にて、一箱の白いカーネーションを贈りました。

翌年にはこのアンナさんの母への想いに感動した人々が同教会に集まり、最初の「母の日」を祝ったとされています。

その後、この「母の日」は全米に広がり、1914年(施行は翌年)より正式にアメリカの記念日の一つとなりました。

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娘であるアンナ・ジャービズさんが、母親の故アン・ジャービズさんに白いカーネーションを贈ったのが最初とされているわけですが、それは何故でしょう?

二人はいったいどんな人物なのか?また、なぜ白いカーネーションを贈ったのでしょう?

アンさんは、当時アメリカで起きていた南北戦争の時代において、「Mothers Day Work Club」という、地域の女性によるボランティア団体を組織し、敵味方関係なく、負傷した兵士たちに救いの手を差し伸べていました。

アンさんは、南北戦争後も平和活動などを続け、1905年5月9日に亡くなりました。

娘のアンナさんは、この偉大なお母さんをしのび、アンさんが日曜学校の教師をしていた教会で、2年後の1907年5月12日に先述の追悼式を行いました。

同時に、アンナさんは友人たちに「母の日」を作って各地で祝うことを提案。その運動はアメリカ全土、そして世界に広がり、私たちの住む日本においても浸透したのです。

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カーネーションが選ばれた理由。

なぜ1907年のお母さんの追悼式の時、アンナさんは「白いカーネーション」を選び、捧げたのでしょうか?

十字架に架けられたキリストを見て、聖母マリアが流した涙のあとに咲いた花がカーネーション、花の中央部の赤色はキリストの血と言われていますが、

娘のアンナさんも、母親のアンさんも信仰心が強いクリスチャンでしたので、それが理由の一つかもしれません。

また、故人が生前好きだった花を贈ることが当たり前だったので、それがアンさんは白いカーネーションだったのでしょう。

この「母の日」が広がっていく過程の中で、アンナさんの提案により

  • お母さんが亡くなっているのなら白いカーネーション
  • 存命なら赤いカーネーション

 

区別して贈る事が提案され、それが一般的になったようです。

またその後、義母に育てられた子供たちに配慮して、カーネーションは赤い色に統一されていきましたが、さらに最近は様々な色のカーネーションが、見られるようになってきています。

日本の「母の日」のはじまり。

日本でも、1913年から、青山学院の教会で記念の礼拝が始まったとされていますが、

大々的に国内で広がりを見せたのは、1937年5月8日に豊島園で開催された「第一回森永母の日大会」からのようです。

当初は皇后の誕生日の3月6日が日本における「母の日」でしたが、第二次世界大戦後は「母の日」誕生の国アメリカにならって5月の第二日曜日に変更され、今に続いています。
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最後に

母の日とカーネーションのルーツとしては以上ですが、

女性としてはいくつになってもやっぱり美しい花を飾ったり、貰ったりするのは嬉しいことです。

贈る側としてもそれは同じ。相手の喜ぶ顔を思い浮かべると、やっぱり幸せな気持ちになります。

そこにはたくさんの「ありがとう」がこもっていますから。母の日にカーネーションを贈る一番の理由は、きっとそれですよね。

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